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札幌地方裁判所 昭和45年(ワ)757号 判決 1971年8月13日

原告

高松三守

ほか四名

被告

北星トラツク株式会社

主文

一、被告は原告高松三守に対し金一、四六二、九五一円および内金一、四一二、九五一円に対する昭和四四年一二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、同太田妙子、同豊田和子、同山本恵子および同高松満里子に対し各金五八九、六八三円および内金五六九、六八三円に対する昭和四四年一二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告は、原告高松三守に対し金二、〇三二、五九一円および内金一、八九九、六一二円に対する昭和四四年一二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、同太田妙子、同豊田和子、同山本恵子および同高松満里子に対し各金一、一四八、七三七円および内金一、〇七三、五八六円に対する昭和四四年一二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

訴外高松チヨ(以下、「亡チヨ」という。)は、次の交通事故によつて死亡した。

1  発生時 昭和四四年一二月二〇日午前一〇時三〇分ごろ

2  発生地 札幌市手稲富丘三二六番地先交差点の横断歩道上(以下、「本件交差点」、「本件横断歩道」という。)

3  加害車 大型貨物自動車(札い一、五二〇号)

運転者 訴外高橋健治

4  被害者 亡チヨ(当時本件横断歩道を歩行横断中)

5  事故の態様 右高橋健治は前記日時場所を加害車を運転して時速約四〇キロメートルで札幌方面に向い進行中、その前方の本件横断歩道上を左側より右側に歩行横断していた亡チヨに加害車を衝突させ、転倒させた。

6  結果 その結果、亡チヨは、右けい骨、ひ骨開放性骨折、左内果骨折の傷害を受け、そのシヨツクによる心不全のため、昭和四四年一二月二二日午前九時五分ごろ死亡した。

二、(責任原因)

被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、本件事故により生じた亡チヨおよび原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

三、(損害)

(一)  原告高松三守(以下、「三守」という。)は、亡チヨの治療費および葬儀費用等として、次のとおり、合計金三五二、五三五円を支出して、同額の損害を被つた。

1 治療費 金二四、七〇〇円

2 葬儀関連費用 金三二七、八三五円

(二)  原告らの慰謝料 合計金四二〇万円

原告三守は亡チヨの夫であり、その余の原告は同人の長女ないし四女であるが、妻であり、母であるチヨを失つたことによる原告らの精神的損害を慰謝すべき額は、原告三守につき金一〇〇万円、その余の原告につき各八〇万円とするのが相当である。

(三)  亡チヨに生じた損害 合計金一、六四一、五二〇円

1 逸失利益 金六四一、五二〇円

亡チヨは、訴外山本玉樹(原告山本恵子の夫)方において、家事および育児の手伝いをし、一か月一五、〇〇〇円の給料を得ていたものであるが、同人は明治二九年一月二五日生れ(事故当時満七三才)で、その推定余命は九・〇四年(第一一回生命表による。)、推定就労可能期間は三・九年であるから、その死亡によつて喪失した得べかりし利益は、年五分の中間利息をホフマン計算法で控除すると、金六四一、五二〇円となる。なお、亡チヨは、原告三守と共同生活をなし、その家事労働をも担当していたものであつて、原告三守は右家事労働の対価として亡チヨの生活費をすべて支出していた。従つて、亡チヨは右の収益を挙げるためにその一部を生活費にあてるという必要は全くなかつたのであるから、いわゆる生活費の控除をする必要はないものである。

2 慰謝料 金一〇〇万円

亡チヨが本件事故による傷害、死亡のために被つた精神的損害を慰謝すべき額は金一〇〇万円とするのが相当である。

(四)  原告らの相続

前記のとおり、原告三守は亡チヨの夫であり、その余の原告はいずれもその子であつて、原告らは亡チヨの相続人の全部であるから、その死亡により前記逸失利益および慰謝料の損害賠償請求権をそれぞれ相続分に応じ相続により承継した。その結果、原告らの取得額は原告三守につきその三分の一にあたる金五四七、一七三円、その余の原告につきそれぞれ六分の一にあたる金二七三、五八六円である。

(五)  弁護士費用

以上のとおり、原告三守は金一、八九九、七〇八円を、その余の原告はそれぞれ金一、〇七三、五八六円を被告に対し請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、その報酬として本訴における認容額の七パーセントを同弁護士に支払うことを約した。従つて、原告三守は金一三二、九七九円の、その余の原告は各七五、一五一円の弁護士費用の支払を被告に求めうるものである。

四、(結論)

よつて、本件事故による損害賠償として、自賠法三条に基づき、被告に対し、原告三守は右の合計金の内金二、〇三二、五九一円およびこれより弁護士費用を除いた金一、八九九、六一二円に対する本件事故の日である昭和四四年一二月二〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を、その余の原告はそれぞれ右の合計金一、一四八、七三七円およびこれより弁護士費用を除いた金一、〇七三、五八六円に対する前記起算日から支払ずみまで前記利率の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四、請求原因に対する答弁ならびに抗弁

一、請求原因第一、二項中、事故直前の加害車の時速に関する主張および訴外高橋が加害車を亡チヨに衝突させ、転倒させたとの主張を否認し、その余の事実を認める。同第三項中、本件事故当時の亡チヨの年令は認めるが、その余の事実は不知であり、また、慰謝料および弁護士費用の相当性を争う。

二、(過失相殺)

本件事故の態様は次のとおりであり、事故発生については亡チヨにも過失があつたから、過失相殺がなさるべきである。すなわち、訴外高橋健治は加害車を運転して時速約二〇キロメートルで本件交差点にさしかかつたところ、その前方を同一方向に進行していた普通乗用自動車が右交差点手前で停止したのを認め、これとの追突を避けるべくハンドルを右にきつて右普通乗用自動車の右側に並んで停止しようとした。ところが、当時たまたま路面が凍結していたため、加害車はスリツプして停止中の普通乗用自動車の右側を横断歩道にまで滑走した。そのとき、亡チヨは幼女を背負い、停止中の右普通乗用自動車の前を急ぎ足で横断していたのであるが、同人は老令のうえ、白内障のため視力が減退していたので、凍結して滑りやすい状態にあつた路面の状況に気付かず、自ら転倒して停止直前の状態にあつた加害車の前輪と後輪の間に足から滑り込んできたため、本件事故発生に至つたものである。

第五、抗弁に対する答弁

亡チヨに過失があつたとの主張は否認する。同人は横断歩道の手前で停止した普通乗用自動車の運転手に促がされて横断を開始し、道路中央に至つたとき、加害車を運転して時速約四〇キロメートルで右普通乗用自動車に後続していた高橋が本件交差点で同車を追越すべくその右側をそのまま進行したため、横断中の亡チヨに加害車を衝突させ、転倒させたものである。また、亡チヨは白内障を患つてはいたが、事故時を含めて常時眼鏡を使用しており、視力の減退による障害はなかつた。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、事故の発生および被告の責任

請求原因第一項(事故の発生)、第二項(責任原因)の事実は、事故の態様に関する主張を除き、すべて当事者間に争いがない。そこで、先ず、本件事故発生の具体的状況について判断する。

(1)  本件交差点付近の状況

〔証拠略〕を総合すると次のような事実を認めることができ、これを覆すに足る証拠はない。

1  本件交差点、横断歩道のある道路は、札幌市と小樽市を結ぶ国道五号線であつて、自動車の通行量は極めて多く、付近はいわゆる市街地ではないが、近くに商店やバス停留所などがあつて、人の通行も多い。同道路には歩車道の区別はなく、その幅員は、本来、約七・五メートルであるところ、両肩に残る積雪のために狭められて有効幅員は約六・三メートルとなつており、また、通常自動車が通行する部分の路面は左側(加害車の進行部分)、右側(対向部分)ともに凍結して氷状を呈し、いわゆる、アイス・バウンドの状態になつている。この部分の幅員は左側が二・六メートルであり、右側が二・四メートルである。これらの部分の間の道路中央部には、幅約一・五メートル、高さ一〇ないし二〇センチメートルの帯状をなした凍結した積雪があり、この部分も滑りやすい状態にある。以上のような道路状況は、本件交差点付近にのみ限られたものではなく、同国道では当時一般にみられたところである。

2  本件交差点には信号機は設置されておらず、また、本件横断歩道は白線による指示標示はなされていないが、標識板による指示標識はなされていた。

(2)  加害者高橋健治の主観的事情

〔証拠略〕を総合すると次のような事実を認めることができる。

1  加害者高橋健治(以下、「高橋」という。)は、本件事故以前にもしばしば運転手あるいは運転助手として本件事故現場付近を通り、道路状況には慣熟していたし、本件事故当日路面が凍結して滑りやすい状態にあることも熟知していた。

2  高橋は本件事故当時加害車を運転して時速約二〇キロメートルで先行する普通乗用自動車との車間距離を五メートル前後おいて札幌方向に進行していたのであるが、本件交差点の約一六ないし一七メートル手前で先行の普通乗用自動車が停止しようとしているのを発見し、これとの追突を避けるべくハンドルを右に切つて急停止の措置をとつたところ、スリツプして道路中央部分を越え、道路右側部分に入り込み、そのまま七ないし八メートル進んだところで、亡チヨが左前方五ないし六メートルのところ(停止中の右普通乗用自動車の前部中央のあたり)を左側より右側へ急ぎ足で横断してくるのを認めた。しかし、加害車はなおも停止せず、八ないし九メートルほどスリツプして進行したとき。転倒した亡チヨの下たい部を左後車輪でひいた。加害車はその後約四メートルスリツプして停止した。

3  高橋は本件横断歩道の指示標識を看過し、そこに横断歩道があることに気付かなかつた。

なお、原告らは、右認定に反し、高橋は本件交差点で先行していた普通乗用自動車を追越すべくその右側に出て進行してきたのであり、そのために本件事故が発生したのである旨主張し、証人水尻認はこれに符号するがごとき供述をするけれども、同証人の証言にはあいまいな点が多く、また、推測に基づく部分が多いので、そのまま採用することはできない。また、同証人および証人桜田忠雄、同前田末男はいずれも加害車が事故後に停止した地点は本件交差点を越えた先である旨証言し、仮にそれが事実であるとすれば、停止するまでの距離が相当に長いのであるから、加害車が停止中の先行車を追越そうとしていたのであること。少くとも加害車の事故時の速度が右に認定した以上のものであつたことを推認しえないでもないが、前掲証拠によれば、加害車は、事故後、右に認定のとおり、本件交差点の手前で一度停止したが、対向車の妨げとなるのでその後に加害車の助手席にいた山口武が右証人らの証言する地点まで加害車を移動させたのであることが認められるので、右の証言より原告らの主張を推認することもできない。そして、この点については、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

また、その他の点についても、〔証拠略〕中、加害車の時速、進路、先行車あるいは亡チヨとの距離関係に関する部分は右認定に反する限度でたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(3)  被害者亡チヨの主観的事情

1  亡チヨが本件事故当時七三才の高令であつたことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕を総合すると、亡チヨは従前より両眼とも白内障を患い、昭和四三年八月、昭和四四年七月に手術をなし、その後は裸眼視力は右眼が〇・一、左眼が〇・〇二であつたが、常時、眼鏡を装用しており、矯正視力は〇・五はあつたため、外出時等にも特別の不自由なことはなかつたことが認められる。証人前田末男は亡チヨが本件事故当時眼鏡を装用していなかつた旨を、また、証人桜田忠雄は逆に亡チヨが本件事故当時眼鏡を使用していた旨をそれぞれ証言するが、いずれも明確な観察と記憶に基づくものではない。しかし、右のような裸眼視力であつて、しかも、同人が常時眼鏡を装用していたこと右に認定のとおりであるから、本件事故当時にも眼鏡を装用していたものと推認すべきである。そして、この点を除けば、亡チヨは至つて健康であつたことは原告三守本人尋問の結果により認められるところである。

2  〔証拠略〕によれば、本件事故当時、亡チヨは、背中に幼児を背負い、本件横断歩道を加害車の進路左側から右側へ横断しようとしていたところ、加害車の先行車であつた普通乗用自動車が交差点手前で停止してくれたので横断を開始し、急ぎ足で道路中央部分にまで至つたところで転倒し、その下たい部を前認定のとおり進行してきた加害車の左後輪でひかれたことを認めることができる。亡チヨが道路中央部分で転倒した原因については、証人前田末男は加害車のステツプ付近が亡チヨに接触ないし衝突したために同人は転倒した旨を証言し、加害車運転手高橋健治は道路中央部の凍結した積雪に足を滑らせて転倒した旨を供述する〔証拠略〕が、いずれも推測に基づくものであつて、明確に観察していたものではない。従つて、この点については、加害車の助手席にあつて亡チヨの動静を目撃していた証人川口武の証言を採る他なく、それによれば、亡チヨは本件横断歩道を急ぎ足で横断してきて、道路中央部分で加害車が一メートル前後の近接したところを進行してくるのを発見し、急拠止ろうとしたが、その部分には凍結した積雪があつて、それに足をすべらせ転倒したものであることが認められ、他には右認定を左右するに足る証拠はない。

本件事故発生の具体的状況は以上のとおりであるが、これら事情を総合して考えると、亡チヨには過失相殺を適用しなければならないような過失があつたということはできず、被告の主張する過失相殺の抗弁は排斥せざるを得ない。すなわち、先ず、本件におけるごとく、進路の片側部分が二台以上の自動車を通すには十分でないような広さの道路を横断しようとするときに、横断歩道の手前左側で一時停止している自動車がある場合には、横断歩行者としてはその後続車も引続き一時停止してくれるものと判断して横断するのは当然であつて、特別の事情がない限り、その後続車が道路右側部分に出て進行してくることをまで予期して注意するべきことを期待し、要求することはできない。従つて、亡チヨが加害車をより早期に発見して事故を回避する行動をとらなかつたからといつて、右に認定したような事実関係のもとにおいては、この点に同人の過失ないし不注意があつたとすることができないことはいうまでもない。さらに、右のような状況で横断を開始した亡チヨが、急ぎ足で道路中央部付近まで至り、そこで始めて近接したところを滑走してくる加害車を発見し、急に止ろうとしてその部分にあつた凍結した積雪に足を滑らせて転倒したことにも、当時の道路状況と同人の年令や幼児を背負つていたことなどの事情に鑑みると、同人に過失があつたとすることはできない。この点を単純に加害車が亡チヨに接触ないし衝突したのではなく同人が自ら転倒したのであるから同人にも過失があるとなしえないことは当然である。なお、加害車の運転手高橋健治が本件横断歩道の手前で違法に追越しあるいは追抜きをしようとしていたのではないことは前に認定のとおりであるが、そのことによつて右の結論を異にするものではない。

以上のとおり、本件事故は専ら加害者の運転手高橋健治が道路状況に応じた適切な先行車との車間距離を保たず、また、横断歩道の標識を看過して慢然と進行した過失に起因するものというべく、被告は運行供用者として次に認定する全損害を賠償すべき義務がある。

二、損害

(1)  原告三守の積極損害

1  治療関係費

〔証拠略〕によれば、原告三守は亡チヨの夫として同人の本件事故による傷害の治療費および関連費用として合計二四、七〇〇円を支出し、同額の損害を被つたことが認められる。

2  葬儀関連費用

〔証拠略〕によれば、原各三守は亡チヨの葬儀費用およびそれに関連する費用として、次のような支出をしたことが認められる。

1 遺体運搬料 一〇、五九〇円〔証拠略〕

2 葬儀式、設備費用 六六、〇七〇円〔証拠略〕

3  弔問客接待費、葬儀飲食代等 七一、一五〇円〔証拠略〕

4  死亡広告料、通信費 九二、〇三五円〔証拠略〕

5  写真代、病院への謝礼その他の雑費 九、〇四〇円〔証拠略〕

そして〔証拠略〕によれば、原告三守は大学教授の職にあつて、その交際範囲もかなり広かつたことが認められるので、その妻の葬儀関係費用としては右の合計金二四八、八八五円は相当な額であり、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

なお、〔証拠略〕によれば、原告三守は右の他にも会葬者のタクシー代(帰路)として合計金三一、六四〇円を支出したことが認められるが、本来、会葬者が負担して然るべきこれら費用を同原告が支払つたからといつて、それを本件事故と相当因果関係のある損害ということはできず、また、〔証拠略〕によれば、同原告は会葬者に対する謝礼あるいは香典返しとして配付するための菓子類の代金として合計金三〇、八二〇円を支出したことが認められるが、これら香典に対する見返りあるいは会葬者に対する謝礼たる意味を持つものを本件事故による損害とすることはできない。その他、〔証拠略〕によれば、原告三守は(イ)亡チヨの葬儀に際し、自宅のけい光燈および上敷を新調し、その代金として合計金六、二〇〇円を、(ロ)昭和四四年一二月二七日に千秋あん製菓株式会社に対し菓子代として金四、二三〇円を、(ハ)昭和四四年一二月一一日から昭和四五年一月一〇日までの間の電報電話代として合計金一一、五七〇円を支払つたことをそれぞれ認めることができるが、(イ)は本件事故による損害とはいえないし、(ロ)については、本件全証拠によるもその支出が本件事故と相当因果関係のある損害であることを認めるに足らず、また、(ハ)については、右証人はこれが亡チヨの死亡を通知するために使つた電報電話料金である旨を証言するが、その全額が右の趣旨の支出であるとはとうてい信じられず、本件全証拠によるも右のうちどれだけが本件事故と相当因果関係のある損害であるかを確定することができないので、いずれも排斥せざるを得ない。

(2)  原告らの慰謝料

原告三守が亡チヨの夫であることは前に認定のとおりであり、その余の原告らがいずれも亡チヨの子であることは〔証拠略〕により認められるところ、妻であり母である亡チヨを失つた原告ら各人の精神的苦痛を慰謝すべき額は、これまでに認定した諸事情および後に認定する諸般の事情に鑑み、原告三守については金八〇万円、その余の原告については各金四〇万円とするのが相当である。

(3)  亡チヨに生じた損害

1  逸失利益

亡チヨが明治二九年一月二五日生れで、本件事故当時七三才であつたことは当事者間に争いがない。そして、証人山本玉樹の証言と原告三守本人尋問の結果によれば、次のような事実を認めることができる。

イ 亡チヨは本件事故当時至つて健康であつて、酪農大学の教授である夫の原告三守とともに、その子である原告山本恵子、山本玉樹夫妻と当初においては同居し、後にはその隣家に居住して、昭和三七年八月ごろよりは共働きをしている右山本方の家事、育児などの一切を引受けて、一日の大半の時間をそれに費やし、その報酬として当初は毎月一二、〇〇〇円ぐらいを、後には毎月一五、〇〇〇円の支払を受けていた。

ロ それ以外にも、亡チヨは原告三守および自らの食事の準備その他の身の回りの雑事をもなしていたものであるが、原告三守は、チヨのなきあとは、その身の回りの雑事や家事の処理を他人に依頼せざるを得ず、その報酬として一か月一万円ないし一五、〇〇〇円を支払わざるを得なかつた。

ハ 原告三守は一か月約四万円の給与、報酬の支給を受けていたものであるが、それ以外に、子である原告太田妙子、同山本恵子、同高松満里子よりそれぞれ一か月四、〇〇〇円の生活費の援助を受け、これらより亡チヨおよび自らの生活費を支出していた(右認定に反する証人山本玉樹の証言は、採用できない。)。

ところで原告らの主張する亡チヨの逸失利益なるものは、結局、亡チヨが死亡により喪失した労働能力の評価算定の一方法たるものと解すべきであるが、同人が山本夫妻より得ていた一か月あたり金一五、〇〇〇円なる金額は同人の労働能力の端的な評価と目することは必ずしも適当ではない。すなわち、右金額は、一方では、亡チヨが自己および原告三守のためにも家事労働をなしていたことを評価していず、他方では、親子間の金銭の授受であるうえ、右に認定したように原告山本恵子も原告三守に対して一か月四、〇〇〇円の生活費の援助をしていた程であるから、そこに生活費の援助あるいは小使銭の支給としての要素がないとは直ちに断定しえないからである。そこで、本件においては、亡チヨの労働の具体的な質と量に即してその財産的な価値を評価するほかなく、右に認定した諸事情と当裁判所に顕著な家政婦の報酬などを総合して判断すると、その額は一か月につき二万円とするのが相当であり、また、同人の生活費も右の諸事情に鑑み、その五割たる一万円とするのが相当である。原告らは、亡チヨの生活費は、同人が原告三守のためになす家事労働の対価として同原告においてすべて支出していたのであるから、いわゆる生活費の控除をするべきではない旨主張するが、逸失利益を労働能力を喪失したことによる損害とみる以上、労働力再生産のための費用たる生活費の控除はその実際上の負担者や財源如何にかかわりなくなすべきものであるから、原告らの主張は失当である。

そして、第一二回生命表によれば、七三才の女子の平均余命は九・二三年であり、亡チヨの健康状態よりすれば、本件事故がなければ、同人が平均余命を全うし、原告ら主張のとおり、その後、三・九年間は右の労働に引き続き従事していたであろうことは推測するに難くない。従つて、亡チヨの労働能力喪失による損害は、一か月一万円の割合で、合計金四六八、〇〇〇円となるところ、複式(年別)ホフマン計算法に基づき、年五分の割合による中間利息を控除して本件事故時における現価を計算すると、金四一八、〇九八円となる(円未満は切捨)。

(算式) <省略>

2  慰謝料

本件事故による受傷、死亡により亡チヨが被つた精神的損害を慰謝すべき額は、以上に認定の諸事情に鑑み、金六〇万円をもつて相当とする。

3  相続

原告三守が亡チヨの夫であり、その余の原告がいずれも子であることは前に認定したとおりであるから、原告三守は亡チヨの配偶者として、その余の原告はいずれも子として、それぞれ相続分に応じて亡チヨの損害賠償請求権を相続し、その額は、原告三守が三三九、三六六円、その余の原告が各一六九、六八三円であるということができる。

(4)  弁護士費用

以上のとおり、原告三守は金一、四三一、九五一円の、その余の原告は各金五六九、六八三円の損害賠償を被告に対し請求しうるものであるところ、〔証拠略〕によれば、原告らは本訴提起前に被告に対し五四〇万円ないし五五〇万円の支払を要求し、これに対して被告において三三〇万円以上の支払には応じられないとしたために、原告らは弁護士たる本件原告ら訴訟代理人に本訴の提起進行を委任し、その報酬として本訴における認容額の七パーセントを同弁護士に支払うことを約したことが認められる。右のような事実と本件事案の難易その他本訴にあらわれた一切の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告に負担させるべき弁護士費用は、原告らが支払を約したもののうち、原告三守につき金五万円、その余の原告につき各金二万円とするのが相当である。

三、結論

よつて、被告は、原告三守に対し右の合計金一、四六二、九五一円の損害賠償金とこれより弁護士費用を除いた金一、四一二、九五一円に対する本件事故の日である昭和四四年一二月二〇日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、また、その余の原告に対してはそれぞれ右の合計金五八九、六八三円の損害賠償金とこれより弁護士費用を除いた金五六九、六八三円に対する右起算日から支払ずみまで右利率の割合による遅延損害金の支払義務があるから、右の限度で原告らの被告に対する本訴請求を認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上敬一)

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